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だいぶ遅くなってしまいましたが明けましておめでとうございます!
OMODOCメンバーのねこさんです
いつもブログの事はいのむー編集長に任せっぱなしにしてしまっているので、今回は私が更新したいと思います。
拙い部分が多々ありますが、良かったら読んでやってください…。


去年の話になってしまいますが、
12月18日にセシオン杉並で開催された福島県南相馬市支援チャリティーバザーにOMODOCも参加させていただきました。

このバザーは、杉並区と区内にある六大学(女子美術大学・女子美術大学短期大学部、高千穂大学、東京
女子大学、東京立正短期大学、明治大学、立教女学院短期大学)の学生ボランティアが中心となって開催する、福島県南相馬市を支援するためのチャリティーバザーです。
販売物の中心は杉並区民から寄せられた提供品や学生の手作り作品で、その収益は南相馬市に送られます。


ばざー
バザーの様子

OMODOCはポストカード、ストラップ、ぬいぐるみなどメンバー手作りグッズの販売とつなげるアニメーションWSをさせていただきました!
グッズ
グッズは全部学生の手作りです!

グッズ2



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謹賀新年 2012 辰年



今年もOMODOC一同をよろしくお願いします!

OMODOC・2011 まとめ

以上で、一通りのレポートはアップする事が出来ました。
ある分だけのデータを更新しましたので、未だ載せていない人のは後日になります。


今年の締めにこの企画を行って正解だったと感じました。
初心にかえってレポートを見直してみると、その時感じた悔しさ嬉しさがじんわりとよみがえり、思わず背筋が伸びました。
一番団結力が強かった時期ともあり、良い所・悪い所をハッキリと述べている事は、
OMODOCの方向性を明確なものにし、改めて反省する事が出来たのではないのでしょうか?

「経験は活かせているのか?」、「同じ失敗を繰り返しているのでは?」
と、読みながら自問自答をし、また発見と修正点を見つけ出すのです。


いつも更新をしている中、「本当にこれで良いのだろうか?」と不安になる事はたまにあります。
事実確認をしながら編集をしても、やはり「ひとりよがり」だろう...と感じるのです。
皆のレポートを見てもそうです。
一人一人の意見が違うので、完全一致などという事は有り得ません。

「誰もが「ひとりよがり」で、自分だけの「意見」を持っている。」
「あって当然の事なんだ。」

しかし否定が怖いので、大概は自分の意見を言わずに我慢する事が多いものです。
自分を表すというのは、とても勇気が要ることで、怖い事です。
(嘘をついて大きくみせる事も出来ますが、結局そのために無理をしてしまうという事もあります)
毎日が行動と選択肢の繰り返しの大冒険です。
「私達は常に試されている」
と、今回レポートを読み直してみて、実感したメンバーもいたのではないのでしょうか?

今までの出来事を元に来年の活動にむけて、新しい気持ちで動けるように自分に出来る事を探してみましょう。
来年は災難に見舞われることが少ないように、たくさん話し合いましょう。
私達は「つながり」を求めて「つながり」を広げて動き続けています。
これからも「つながり」を探し続けていこう。


これにて、今年最後の更新を終えたいと思います。
皆様に、温かな年末が過ごせますよう祈っています。

OMODOC・2011年 井之村華奈

14番手、最後にわたしイノム〜こと井之村華奈のレポートになります。
担当している仕事は、ブログ・HPの更新、情報の収集・分析・編集を担当しており、
今までブログを更新し続けて、意見を述べてきました。
大見得はっておきながら結局至らない部分を助けてもらい、付き合ってくれて、いつも協力してくれて本当に感謝しています。
本当にありがとう。




『イノム〜の記録』 :14にんめ

私がこの授業に取り組んで早2ヶ月が経ちます。思えば最初は殆ど意識をせずにこの授業を選びました。
単純に「何とか出来ればな」というほんの少しの気持ちからだったのです。
この授業自体が夏休みで一応終わりを迎える事になっても、これからもブログとホームページは続けるので、小さな動きでもOMODOCは続きます。
これから動くのは個人個人の意思次第です。願わくばOMODOCがまた再開される事を祈って、今回のレポートを残します。


改めて反省に入ります。

まず初めにWSが本格的に開催される前の事です。
授業内でも告知された様にGmailにて生徒と先生で情報の交換を適度に行う
事になってましたが、情報の共有が出来なかったのが大きな痛手でした。
グループ活動の中で情報交換のプロセスは大きな要素です。
ので、これが疎かになっていたのが大きく響いた原因の一つだと感じます。


今度はWSを実施した時の反省です。
一つ目です。
今回の活動で、我々は係を決めてそれぞれが決められた仕事をこなしてました。
ですがその過程で、こども達とあまり関わる事が出来ない係がいました。
なので全体が平等な立場で同じような経験を得る事がなかった。こども達と積極的に関われる事がなかった。
本当はもっとふれあって、こども達と話したかった。得られるチャンスはたくさんあった筈なのにそれを取り損いました。
仕事は完遂できましたが、やっておけばよかったかなと思うことも幾つかあります。
二つ目です。
今回の『「つながり」を主体としたWSが本当に実行されていたのか?』と言う事です。
実を言えばあまり実感はつかめませんでした。
アニメーションの企画を立てた段階はとても良いんじゃないかと期待はしていたのですが、
だんだんとWSを続けて行くうちに自分のしている事に不信を持つようになりました。
「つながり」をイメージしたアニメーションという事は理解しています。
ですが頭で分かっていても、形に残っていても、「つながり」の心が無い。
達成感はありましたが、その後に来る寂しい気持ちがあったのも事実です。
三つ目です。
呈ずるなら『経験』です。
全員WSを参加者として経験した事はあれど、WSを開催する側になったのは殆ど始めてだった。
どう動けば良いのか、どう対応したら良いのか、訳も分からずその場しのぎの対応もいくつかありました。
これをカバーするのは、『情報』以外に『経験』も必要だったのではと感じます。
WSを重ねる事で『経験』と同じく「つながり」の実感も得られたんじゃないのか。
何にしても、時間が足りなかった所も要因だった。 得るべき材料が足りなかった気がします。


最後に自分の反省です。
私は今までブログとホームページとハシゴして行動していました。
WSや取材の旅等の出来事は重要素であり、私の専売特許だった上、遣り甲斐も持てたので担当して良かったと心から思っています。
しかしいざという時に活用出来ない、意見が言い出せない、どうしても自分を殺してしまう所があり不満もありました。
ブログとホームページについても、どうしても連帯感が持てなかった。
繋がっている筈なのに、繋がりが見えない。「つながり」が我々にあるのか?
近い筈なのに、遠く見える。 まとまりが見えない、空回りしてないか? 同じ気持ちを共有しているのだろうか?
私はいつしか「つながり」自体を疑っていて、OMODOCそのものに不信感を抱いていました。
あんなに気持ちが強かったのに、今はそれが空っぽの様に思う自分がとても嫌です。
信じ切れなかった事が、何より一番悔しいです。

望みがあるとすれば、『共有がしたかった』気持ちが強いです。
全員それぞれ違いますが、「つながり」を元に行動していた事は、今までの活動の中で明確な事実です。
ですがOMODOCの中で一人歩きしている時もあり、客観的にOMODOCを見ている事もあり、
同じ立場の位置で見ている実感を味わいたかった。 いつも行動している筈なのに、そんな変な気持ちに度々なりました。
東北WSが終わって全員の反省が吐露される中、少しだけ共有出来た。
みんなも同じ事を考えていた。今はそれだけで十分な気がします。

反省会のとき、私自身かなりネガティブに考えていた所がありましたが、
それは一時の感情だった事が多くて、思い返してみたら前向きに見ている時もあったのです。
でも最終日は疲労と他の色々な出来事でもう限界で、かなり暗い部分をみんなに告白してしまったと反省しています。

いつも孤独だったわけじゃない。
もっと前向きな意見も言いたかったです。
今までに無かった事をやるのでワクワクしてやってましたし、毎日が新しい発見でした。
WS準備やミーティングは遣り甲斐があって、「出来る事をやってるんだ!」と嬉々としてました。
本当に自分を強くしてくれた機会だったと、皆のお陰でとても大きな経験を得る事が出来ました。

本当のことを言えば、撮影の自分の立場に満足していました。
WSを開催する中、張り切るみんなの裏舞台で撮影を仕事をしているとき、
「こども達と話したい。実践を活かしたい。でも話せる機会が無い。」
「こども達に関わるのが少し怖い。どう話しかければ良いのだろう?」

と2つの違った想いを持ってました。
一方で満足して、また一方で不満を持っている、よく分からない気持ちだったのです。

信じきれてない所はありました。信じている所もありました。
大丈夫と嘘をついていた時もありました。編集が忙しい中を楽しいと感じていました。
無茶もしたし気楽にいた時もありました。
色々思い悩んでいた中で、みんなに救われました。
良い人に恵まれていると感じる事が出来ました。 満ち足りた気持ちです。

大冒険を終えました。でも終わりではないのです。
定期的にOMODOCは更新していきたいですし、何よりこれで終われないです。
活動が続く様に、私なりに情報をサーチしてみて、今まで会った人との交流が続く様にしたいです。
このWSの目標の「つながり」をこれからも作っていきたいです。

今回の経験が次回の活動の元になるよう、今度は別の立場として動ける様に、戒めとしてこの記録を残します。
このように感じつつもOMODOCに居たい気持ちは今でも大きいです。
私もOMODOCのメンバーの一人で、「つながり」があると今では信じているのです。
次回にOMODOCがWSを開催するとき、今度は新しい気持ちでこども達と接せる、楽しい時間が持てると楽しみに待ってます。

OMODOC・2011年 金子永梨

13番手は、カネゴンこと金子永梨さんです。
彼女は主にこども達・保護者様方の対応を担当して、とても感受性が強い事からこども達とも直ぐにふれあえました。
今後もOMODOCは活動するので、これからもヨロシクね。
お疲れ様です、カネゴン!



『カネゴンの記録』 :13にんめ

今年の3月に大きな地震がありました。そして大きな津波がありました。その3月11日以降、暫くの間テレビが震災の話題でもちきりになりました。私はというと、毎日、毎時間、ただ震災の報道に耳を傾けて怯えて泣いているばかりでした。何かできないか、いやしなくてはならない、と思うようになったのは数日後でした、その頃にはすでに現地でボランティアが動き始めている、色々な団体が活動をはじめていましたが自分に何が出来るのか、そもそも専門知識もない私なんかが何をすればいいのか、と悩むばかりで何もできないままでした。そんな中でこのプロジェクトに出会いました。

今回、このプロジェクトが始ってから、私が結局授業に出席できた回数は両手で数えきれる回数しかないかと思います。
日々、他のメンバーのみんなが被災された方のお話を聞いたり下調べをしたり、この『つなげるアニメーション』や『OMODOC』という一つの方法にたどり着くまでの過程に私は参加していませんでした。
そんな私がみんなが考えたWSにホイホイと参加して、あたかも他のメンバーと同等のように扱ってもらったり振る舞っていることが心苦しいばかりでした。そんな心境ですからWSも、とにかく子供たちに塗り絵を塗って貰おう、どうにか迷惑をかけないようにしよう、と考えていました。我が身かわいさのあまりにそう考えていたんだと思います。今更かもしれませんがそんな自分が本当に情けなく思います。
そんな心境で今回の東北地方でのWSに参加しました。私は19日~23日まで、主に参加者への対応をしていましたが、参加された方は、立方体万華鏡は子供と大人が半分半分くらいでしたが、『つなげるアニメーション』の方の参加者は2日間併せて、本来のターゲットであったはずの子供は数人程度で、大人は、OMODOCのメンバーも併せて10人前後は参加していたと思います。
マニシアさんがWSの途中でおこなったアイスブレイクは、本当に人の心を癒せる感じがしました。その一方で、私たちのWSは本当に子どもたちをいやせているんだろうか、と感じました。ですが、2日間のWSが終わって、どちらの日も、参加してくれた子供や大人が帰っていくとき、本当に楽しかったしこれでさようならなのはさびしいなあと感じました。先ほども言ったように、正直後ろ暗い思いを抱えたまま参加していた私でしたが、この2日間のWSでの子供たちや現地の方々との交流を通して、癒すつもりがこちらが癒されていたんだと気付きました。
その分、仙台メディアテークでのWSは、違和感を感じました。めまぐるしく入れ替わる人、人、人、に圧倒されて、正直余裕も無かったんだと思います。以前に杉並で行ったWSでもそんなような状況でした。アイスブレイクもなく、これといったコミュニケーションも出来ず、ただ名前を聞いて、塗り絵を塗ってもらい、撮影を終えて帰っていく。このやり方はOMODOCの真意を理解してもらうのには一人一人との交流が足りないんではないかと思いました。(ただ杉並で行った時・相模原で行った時とは違い、塗り絵の撮影をオープンにして子供たちにも一緒にやってもらう、ということでお互いに触れ合える機会や時間が増えたのはとてもよかったことだと思います。)

この5日間で、実際に来なくては決して知ることのできなかった色々なものを見聞きしました。
土台以外の跡形がなくなった町、中身がからっぽの商店、陥没・隆起したり潮の満ち引きで水没してしまう道路、ぺしゃんこになって畑に突き刺さっている車…
衝撃でした。散乱していたガレキは、震災からすでに数か月経過していることもありほとんどありませんでしたが、そのことも逆に恐ろしかったです。
けどそんな土地で出会った人たちは本当にみんな暖かい人ばかりでした。WSに来てくれた人はわずかでしたが、石巻の駅前でチラシを配った時もほぼ全員が「お疲れ様です」と言ってくれたり、私たちの説明を聞いてくれていました。そしてアトリエDaDaのオーナーである三浦さんや、石垣先生、マニシアさん、私たちを泊めて下さった法音時の和尚さま夫婦など今回の活動を通して出会った方々はみなさんが優しい人ばかりでした。
素晴らしい出会いでした、この出会いを大切にしたいなと思いました。

余談ですが、28日に私事で大阪に行って来ました。驚いたのは、大阪の広告には震災のことに触れたものが少なかったことです。ただ単に私が見落としがちだっただけかもしれませんが、それでも、東京よりずっと少なかったのは確かです。喫茶店でおばちゃんたちが「震災があったからディズニーランドにいけなかったのよー」「こっちもちょっとは揺れたわよね?」「揺れたかしら?」なんて明るくおしゃべりもしていました、それで私は、『ああきっと関西の方には今回の震災が”対岸の火事”に過ぎなかった人もいるんだろうなあ』と思いました。
すでに、何か月も経過し、みんなの震災への関心もだんだんと薄れ始めています。バイト先の人にも、「石巻に行ったの?もう復興してた?」などと聞かれましたが私は曖昧に笑う事しかできませんでした。
そんなすぐに復興が出来るわけじゃない、確かに被災者の中にはなんとか前向きな気持ちを持ち始めることができた人もいるかもしれない、けど失ったものは戻らないし壊れたものはすぐにはもとには戻らない。だからこそ、こうして始まったこのOMODOCの活動はもっとずっと続けて行かなきゃいけないなと思いました。
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プロフィール

おもどっく

かいてる人:おもどっく
[OMODOC] とは、
女子美術大学メディアアート学科が立ち上げた子供支援アートプロジェクト。
「わたし達も何か出来る筈」、その想いを抱きながら今日も動きます。

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